In the Field

田中の体験や読んだ記事なんかを共有して、新しい何かが生まれるといいなあと思いながら書いています。普段はシンクタンクでエネルギー政策・事業なんかを考えたりしています。

欅坂46のデビューシングルがいい感じです。

さて、前回のタイトルと主題がかみ合っていない記事を書いたのに続き、今回はもうしてみます。

 

働く意味。。。

前回の記事で、自分が生きる意味みたいなことを考えていると書きましたが、生きることと働くことは、僕の中では分かちがたいものです。おそらく両親の教育の賜物ですが、小学校の座右の銘に「働かざるもの食うべからず」と書いた僕は働かなければ生きていけません。

 

今回の転職では仕事を通じて何がしたいのかと自問したのですが、出せた答えは、自分の能力を生かして世の中を良く(better)にすることでした。

現職は政府向けの仕事ですが、自分のポジションを含め、僕が政府向けの業務に熱心に取り組むことが、果たして世の中をbetterにする近道なのか疑問にも思いました。その疑問への答えの1つが、今回選んだ会社で、日本企業の技術を輸出して海外のレベルを引き上げ、技術をさらに高めるというループを作ることです。

 

世の中を良くするのが自分にどう関わるのか、まだ具体的にイメージがわきませんが、テクノロジーの進化により面白いと思えるものが増え、結果的に自分にとって楽しい世界になるかと想像しています。しかも発電プラントのような大規模な技術開発は1人では出来ないので、大きな資本の下で働き続けることはmake senseです。

そうなると問題は、どういう技術を支えるのかが重要な気がします。

 

自分で選んだ道に責任をとる

周りからは、今の会社で頑張れることもあるとか、行って大変なことはたくさんあるとか言われていますが、自分で選んだ道には責任を取る所存です。

1年後にこの記事を読むかわかりませんが、仕事が辛くて、おめおめしていないようにきばります。

 

そんなことを考えていたら、友達と応援しているアイドルの新曲がはまりました。我々は本来は乃木坂46推しですが、この楽曲は妹グループに当たる欅坂46のアイデンティティをうまく表現し、僕の気持ちも代弁してくれる曲です。

(この詩を書いているのは秋元さんなので、冷静に考えると茶番ですが。。)

 

www.youtube.com

 

単にマイノリティになりたいだけの人にはなりたくないですね。

 

田中

久しぶりに森博嗣に触れたら面白いです。

 

www.f-noitamina.com

出会い

高校生の頃、推理小説にハマっていた僕は父の勧めで森博嗣さんの小説を読みました。

当時は専門用語も高尚な私的表現もよくわからなかったのですが、主に設定の大胆さにハマって何シリーズかは読みました。

(僕はすごく勘がいいので、少しでもミステリーのヒントを書かれるの嫌います。ですので、ここでも内容には全く触れません)


彼が建築学専攻というのもあって、大学の専攻を選んだのかもしれません。

 

中座

しかし大学に入ってからは、なぜか推理小説好きと言うのが恥ずかしくなりました。伊坂幸太郎さんを読んだり、沢木耕太郎さんのノンフィクションを読んだりと趣味が多様化したのもあります。

また、インターネットの普及でアニメが周りで流行ったりもしました。


書店バイトをしていた頃に、何気なく『そして二人だけになった』を読んだ時に、はまり直さなかったのが何故なのかわかりません。今思い出しても極めてよくできた内容で、最高傑作といってもいいんじゃないかと思っていますが。


そうこうして就職、仕事で調査研究をやるようになったので、興味もビジネスの世界に向きました。推理小説よりはビジネス書が、、となって小説だと黒木亮さん、ビジネス系だとマネージメントや投資の本に移っていました。

 

再開

そこに来ての『全てがFになる』アニメ化。

アニメ化は知っていたのですが、高校時代に(トリックは別で)内容には共感できなかった記憶があって避けていたのですが、昨日ついに見ました。


面白かった!


厨二的なのは承知の上で、作中で交わされる会話「人がなぜ生きるのか」とは、なんとも魅力的じゃないですか。転職を決めてから(正確には決める理由を探している時から)、自分はなぜ働くのか考えてきたのですが、それに通じるものがあります。


僕が転職を決めるにあたって出した答えは、自分の能力を世の中に役立たせたいからでした。主人公の犀川教授(=森さん)は考えることだけの存在になり、自由になりたいと言います。


なんと相反する考えでしょうか!

そして自己中な。。


しかし、僕が出した答えは本心なのでしょうか。


再始動

思いもかけなかった選択肢に、今一度、人生の目的を考え直してみようかと思って、最高傑作らしい『今はもうない』を購入してみた次第です。

より究極的には、森さんが何故本を書き始めたのかを知ることで、その先に辿り着けそうな気がします。


ちなみに、しばらくブログを中断していましたが、森さんが全てがF〜を3週間で書いたと読み、自分も何かを書くことを再開してみようと思いました。


田中

会社を離れるということを自覚した日。

非常に個人的なことなのでつまらない記事なのですが、、転職を考えている人には少しは参考になるかもしれません。

 

2016年3月17日

次の転職先となる外資コンサルティング会社の内定を貰い、正式に承諾した先週末から今週にかけて、いろいろなことがありました。

月曜日に部長に退職の意向を伝え、その後、チーム(課)のリーダーに部長から話がいき、総務部長との話を今日(もう18日ですが、気持ちは17日)終えました。

 

総務部長との面談を通じて、自分はやはりこの会社に未練があることを再確認しつつ、それでも離れる気持ちが勝っていることも再確認しました。

シンクタンクではできない、コンサルティング会社だからこそできることに、強く惹かれています。

 

今日までは儀式のように感情を殺して事にあたり、退職を翻意させるような働きかけに警戒していたのですが、総務部長の通過により正式に退職が決まりほっとしました。

あとは退職のスケジュールを調整し、事務手続きをすませて、引き継ぎをするだけです。

 

5年間苦楽を共にした人達

僕は、別の記事で書いたように、前の会社が倒産したために、今在籍している会社に事業と5名くらいで一緒に転籍してきました。

ちょうど2年半前です。

 

チームリーダーは転職の時も連絡を取り合い、最後は一緒に仕事をしようと決めた一因になったひとで、とても尊敬の出来る方です。

部長から(僕から直接ではなく)退職の意向を知った彼女からは、僕の気持ちが変わるなら「なんでもする」とまで言ってくれました。

そこまでの信頼と期待を裏切ってしまうことに申し訳なさでいっぱいでした。

けれど、このままの仕事をしていては自分は成長できないと思うのも事実で。

結局は冷たいメールを返してしまいました。

それが2日前。

 

2年前の転籍にあたっては、僕がとても尊敬している元部長(この方も女性)が事業移管と我々の働き先を整えてくれました。

今は所蔵の違う(親会社に在籍している)その人に、僕の気持ちを直属の部長が伝えてきたようです。

それが今日。

 

元部長から、まだ何の連絡も話もしていませんが、今日から僕は裏切りものとなってしまいました。

僕のうがった見方かもしれませんが、夕方に来た仕事のメールでも、注意深く、僕を避けている思います。

昼間、まだ話が伝わっていなかった時に相談したことにも連絡がありません。

 

いずれは伝えなくてはいけない、話をしなくてはいけないものの、心から信頼し、おそらくは信頼されていたと思っているその人を、背中から切りつけたような感覚です。

 

会社から帰る途中、小柄な彼女の寂しそうな顔を想像して、涙が止まりませんでした。。

今日、会社を離れるということを自覚しました。

 

会社から離れるということ

仕事に面白みを見いだせなくなってから1年ですが、それでもここまで続けてこれたのは、その部長が困っているとき助けてあげたい、という気持ちが大きかったのだと思います。

とんでもなく仕事ができて、それでいて明るく、希望と誇りを持っている方です。

僕にしか彼女を助けてあげられないことがたくさんあり、そこにやりがいを見出していました。

 

帰り道に想像したのは、僕がいなくなって困っている部長の顔。

最後の送別会で、困っている部長の顔。

そして、その人を支え続けずに、去ってしまう自分は残酷な人間だと思います。

 

会社というのは物理的な何かでも特定の誰かでもないですが、「会社を離れる」というのは、自分が一緒に仕事をしてきた人達と、二度と一緒に働けなくなることです。

その事を深く実感し、自分がなんと恵まれた環境で、人達の中で、働いてきたのかを知りました。

それでも離れようという気持ちが変わらないのです。

 

田中

英語教育について思ったことです。

さて、前回こういう記事を書いたのには、実は裏テーマがありました。

雑誌の読書会(英語ディスカッション付)が楽しいです。 - In the Field

 

それは、2月27日の文科省からの英語教師(大学生)向けの履修カリキュラム発表を受け、僕が感じたことを書いてみたかったからです。

www3.nhk.or.jp

 

ニュースの発表を受けて、文科省が設定した英検準1級という目標や現状について、ブログやニュースコメントが色々と意見が出ていました。

TOFLEがいいとか、英語の先生は英検も取っていないのかとか、社会で使える英語力とはetc.

僕は、考えるべき論点はそういう小手先のことではないと思います。

 

文科省の取り組み

文科省の批判になりかねないので、先に評価できるポイントを挙げておきます。

ちなみに、今回発表されたコアカリキュラムというのは、英語に限ったことではなく、政府が重点と見る薬学、医学ではすでに大学教育に導入され、医者や薬剤師の基礎能力の育成を図っています。

コアカリキュラムが医学だけでなく英語教職課程にも反映か!

 

人の命に関わるような職業と、英語教師の扱いを同列にする時点で、文科省が本気を出したと言えます。

一部では遅過ぎるという批判もありますが、オリンピック開催に乗じて標準化に乗り出したのは順当な口実です。

 

今回の英語教師向けの指針案ではないですが、おそらく、今回の方針の決定の根幹をなすこの資料に書いてある議論が本質でしょう。

外国語ワーキンググループにおける これまでの検討事項に関する論点 補足資料

資料を読むと、高校生の英検準1級取得が推奨されている点が、英語教員の養成カリキュラムに反映されたと理解してよさそうです。

 

英語と英語教育について考えること 

僕は、根本的に英語というのはツールに過ぎないと思います。

これは他の自然科学や人文科学と比べると考えるまでもないです。

(英文学とかを否定するつもりはないです、英文学は文学ですし)

だから、目標=英語習熟として議論しても意味がないと思います。

 

最終的な目標は、英語がどう使えるかを教えることです。

コミュニケーションのツールとしての英語を考えると、得られる情報量の違いがまず挙げられます。

僕は職業的に英語の文章を読むので特に感じます。

また前回の記事に書いたように、話せることで同じ話せる人から聞いたり、元の英語記事も読めれば世界はもっと広がります。

 

コミュニケーション以外の例えば文化や思考方法を学ぶために使うことができます。

英語特有のディベート、プレゼンテーションを知ることは、翻って日本語や日本語ベースの思考を深く知ることにもなります。

また外国からの学生や出稼ぎが増えている中で、他国の宗教や価値観を知っておいてもよい(べき)場面が増えてます。

日本語で他国の文化を学ぶには限界があり、その意味で、原語の(あるいは日本語よりは普及してる英語の)習得が必要なはずです。

 

英語の先生にはそういった、英語を使えばどう世界を広げられるのか、教えられる素養が求められるべきだと思ったのです。

 

ただ僕的には、子供には格好いい大人になってもらいたいので、英語くらいできるようになってもらいたいと願うわけです。

そういう意味で、最終目標にはして欲しくないですが、通過点としての英検は悪くないのではと思います。

 

田中

雑誌の読書会(英語ディスカッション付)が楽しいです。

最近、僕がはまっているのが、月に1度の雑誌に関する読書会です。

意識の高い人が集まり、意識の高いこと話す。

とても人間らしい文化活動です。

僕が参加している会では、英語でのディスカッションが売りになっています。

 

読書会の概要

きっかけは、転職活動でお世話になっているパソナの友達(P君)に紹介されたことです。

題材となる雑誌は『クーリエジャポン』という国際色の豊かな(やや左派系の)雑誌で、読書会では月に1度参加者をFacebookで募っています。

雑誌も結構面白いです。

courrier.jp

(ちなみに、出版社が読書会のスポンサーというわけではないです)

 

特に会員制とかではないため、一回の参加費2,000円を払えば誰でも参加できます。

ただ、P君は最初の1回の後は仕事が忙しく、来てくれません。。

 

参加の動機

僕の参加動機は、会社以外でシリアスな「議論」をしてみたいというものでした。

普段友達と話すような「会話」ではなく、提起された問題に答えを求めるような応酬です。

僕は議論が成立するには、相応の知性と姿勢が必須だと思っており、プライベートでそんな場所があればいいなあ、というのは常々思ってました。

友達はいないのかと言われそうですが、気恥ずかしくてできません。

 

ただ参加前の僕のイメージでは、外資系に勤めている鼻持ちならない人が集まって、意思決定とか、マネージメントとか、ポートフォリオとか話してるとか想像してました。

あまり議論になるとは期待していなかったです。

 

どんな様子か?

ところが、実際行ってみてですが、まず集まる人、話す内容はほとんど私の想像通りでした!

外資系の人、また大手企業に勤めている様子の人が多いです。

ただ30台中盤くらいの若い人が中心で、割と人の話しを聞いてくれます。

 

また、お互い言いたいことを言うという点は当たっているのですが、自慢話をする人はほぼいなくて、進行役を務める人が適度に話を振り分ける感じです。

 

進行は4、5人のグループに分かれて

  • 1時間は日本語でフリーディスカッション
  • 各班の発表
  • 席替え
  • 英語で同じことを行います。

進行役は数回来たことのある経験者が行っています。

 

なぜいいのか?

ということで、僕の期待する議論ができてとても満足しています。

 

議論になっている理由は、進行プロセスの中に「発表」が含まれている点がまず大きいです。

発表にするには、簡単でも落としどころが必要です。

オチをつけるために、みんなで団結するというわけです。

 

別の理由として、主催者団が選ぶ進行役、もっと言えば主催者団の力量・人を見る目も効いていると思っています。

進行を適切な人が務めることで話がかみ合いますし、話が逸れていきそうになれば引戻すことができます。

また、そういう良いサークルであるために、コミュニケーションの出来ないような人は自然に再訪しなくなります。

 

あとは、英語ディスカッションが入っていることで、自然と海外経験や興味がある意識高い系の人が集まっているのもエスプリになってます。

 

どうおすすめか?

ざっと整理しますと、新しい人とのコミュニケーション、誰かと議論をしたい人であれば、ぜひこういった勉強会はお勧めしたいです。

参加を考える方には、私は↑のようなグループディスカッションの仕組みを持った会がいいのではと思います。

 

また英語でのディスカッションや会話力を向上させたい人にも、いい機会になると思います。

日本人同士だからこそわからない単語を聞けますし、相手も言葉を補ってくれます。

 

ちなみに、当初の目的とは違いますが、留学経験者が多いので海外生活の話を聞いたり、異業種の交流にもなっているのも嬉しい誤算です。

 

田中

5分でわかる電力自由化のお話です。

www3.nhk.or.jp

 

こんなニュースがあったので、今回は電力自由化について取り上げてみます。

といっても、どこの電力が安いとか、こんなセットで買うとお得とかではなく、電気事業(ビジネス)寄りの話ですので悪しからず。

 

電力自由化って?

語り尽くされた話ですが、私なりに(世界一?)分かりやすくご説明します。

電力自由化というのは電気事業の規制を緩和することですので、従来の規制にどのようなものがあるかわかれば、8割方は理解したといえます。

 

①料金規制

電力というのはエジソンが発明して以降、蒸気(熱)に代わる主たるエネルギー源として普及しました。

空気や水のようにならないものになったため、需要供給曲線を考えると、基本的には需要は縦線|(値段に関わらず一定の需要があるモノ)になります。

つまり、供給側の言い値が価格をほぼ決定づけることになります。

そして日本の電力会社が、各テリトリーで独占的に事業を行っているため、不当な価格設定をすることも理論上は可能です。

 

(日本では戦時前まで、複数の民間の電力会社が同じテリトリーで顧客の奪い合いをしていましたが、戦争への突入に伴い、国家総動員法のもとで電力会社は国営化されました。その後、戦争後に9電力+沖縄電力に分割されました。)

日本の電力会社 - Wikipedia

 

そのため規制下では、電力会社が料金を申請し、政府の諮問委員会によって審議、承認されています。

需要供給曲線で考えると、ほぼ縦線の需要曲線のどこかに点(●)を打つようなイメージですね。

この料金(円/kWh)は、全発電量の発電にかかった「正当」と認められる費用に基づいて決定されています。

 

これが電気事業の規制ですので、電力自由化では料金規制が行われなくなります。

(料金決定を市場に任せます)

以上が電力自由化の本質です。

 

②送電網の解放

しかし、単純に市場に料金決定を任せるといっても、電力会社が市場を独占する状態では、先のように言い値で決まってしまいます。

競争市場として成立するには、「参入者」を呼んで、供給曲線を点●から線/にする必要があります。

そこでポイントとなるのが、いままで参入の妨げとなっていた、送電網の独占状態を解くことです。

 

従来は、大手の電力会社以外が新たに電源を送電網を接続する場合に、電力会社は接続料を徴収していました。

参入を促すには、この接続料を下げ、かつだれでも公平に接続(発電事業への参入)を検討できるよう情報提供することが必要です。

この料金設定と情報提供を、電力会社でない機関が行うことで、送電網を解放します。

いわゆる発送電の分離です。

 

これにより参入者が検討を始めます。

参入者たちは発電した電力を、燃料費と運転費に応じ、ビジネスとしてペイするように値段付け(入札)をします。

その結果、電力会社が火力だろうと原子力だろうと一色たんに計算していた発電価格が、燃料種別に分けられることになります。

この、水力や原子力などの安い電気〜天然ガスや石油などの高い電気からなる仮想的な供給曲線を、メリットオーダーと呼びます。

 

メリットオーダー(/)と需要曲線(|) の交点が、電力料金になるのです。

このイメージは、東京電力の資料の「電力市場への影響(メリットオーダー効果)」が分かりやすいです。

 

③需給バランスの監視

さて、複数の電力供給者が独自のビジネスモデルで電力を供給する準備ができたので、これで電力自由化は始まるのでしょうか?

答えはNoで、あと一つ大きな仕事が残っています。

それが、発電量と消費量の管理です。

 

よく言われていますが、電力は同時同量の原則に基づいています。

簡単にいうと発電しすぎ/消費しすぎの状況ではとっても困るのです。

少し専門的な用語を使いますと、周波数という概念が関わってきます。

 

東京電力の資料の「パワープールと周波数」というページで、電力全体をプール、周波数をプールの水位に喩え、非常にうまく説明しています。

水位が上下すると、水没or渇水になるので、水位を一定に保たなくてはいけません。

私が聞いた説明では、例えば東京電力管内の発電(タービン)を全て停止してから数分で、このプールは空っぽになるそうです。

 

そのため、発電する人と消費者に電力を提供する人からそれぞれの需給を聞いて、調整する人が必要です。

需給バランスの監視は新たに設立された電力広域的運営推進機関(OCCTO:オクト)が担うことになります。

 

電力自由化の準備は整った!

さて、電力価格の規制を解き、参入者を招くよう送電網を解放し、需給バランスを監視する機関を作ったので、電力自由化の準備は整いました。

しかし、これまで電力会社が責任をもって行っていたことに小さな業者が入ることで、新しい問題も発生します。

 

例えば冒頭の記事のように、もともと供給を約束していた業者が、ビジネスの観点から突然供給をやめるパターンです。

契約などでお金は賠償されるでしょうが、このままでは停電になってしまいます。

それを防ぐために、普通は最終供給保障者(last resort)というのが設定されており、普通は、従来の規制を受けていた電力会社(この場合は東京電力)が担います。

 

最後に電力自由化に対する私の感想ですが、短期的には電気料金は下がるかもしれませんが、これだけ大規模な緩和には相当な費用(純粋なハードの費用だけでなく、官僚や専門家の人件費など)がかかるはずで、強引すぎるような気がします。

米国では半分くらいの州で自由化がされていますが、もともと小規模電力が多数いるのと、越境(越州)での電力融通があり得るので、日本とはだいぶ状況は違います。

 

田中

エネルギー供給リスクを考える指標が検討されていた件。

エネルギー安全保障という考え方

今回はやや重いテーマを扱ってみます。

国外のエネルギー政策研究が私の専門ですが、その中で「エネルギー安全保障」に関する面白いレポートを取り上げてみます。 (下記のグラフは後で言及します)

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まず日本のエネルギー情勢についてですが、誰もが社会科で習ったように、1970年代のオイルショックの経験がこれまでの日本のエネルギー政策に大きな影響を与えています。

オイルショックは日本が石油の大部分を依存していた中東が、石油の供給価格を上昇または供給停止したことに伴うもので、急激なインフレ等をもたらしました。

この出来事を教訓に政府は、化石エネルギーの調達先の分散、エネルギー源の多様化として原子力(純国産のエネルギー源扱い)の導入拡大、省エネルギーの促進、石油備蓄の拡大などを図ってきました。

 

さて冒頭に紹介した「エネルギー安全保障」ですが、これはエネルギーを安定的に調達できる体制を構築している状態を、エネルギー安全保障体制を確保しているとか表現します。

安全保障(security)というのは、もともとは外交用語です。

安全保障は、各国がある程度単独で追求できる安全(safety)とは異なり、他国間の協調、国際的な枠組みが必要という考えが根底にあるため、「体制」という表現を好むようです。

 

ちなみにエネルギー安全保障体制の構築は、世界でも議論されていますが、特にシビアな議論がされているのは日本と韓国だと感じます。

両国は経済的な成熟度が高い割に、エネルギー自給率が低く、また電力融通などの他国とのエネルギーのシェアがしにくい孤立した地理的環境にあるからだと思っています。

 

エネルギー安全保障の定量指標

定義からして曖昧ですが、エネルギー安全保障を定量的に分析したものはこれまで私は見たことがありませんでした。

と思っていたら、総合資源エネルギー調査会 資源・燃料分科会が2015年7月に、今後の総合的な資源・燃料政策の方向性を示すレポートを発表する中で、なかなか面白い指標を導入していました↓

「報告書」(タイトルなし)

http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/shigen_nenryo/pdf/report02_01_00.pdf

 

同分科会の問題意識には、福島第一原子力発電所事故の影響があります。

上の方の、エネルギー安全保障の説明で紹介しましたが、原子力の拡大は国策として本気で取り組んできたものです。

そうして徐々に増やしてきた原子炉を一度に止めたことで、化石燃料の調達では相当の無理がきているのではと思います。

 

こうした問題意識を背景に、今後のエネルギー・燃料調達政策を考えるために、今回定量的な指標が導入された(使用してはいかが)ということのようです。

なお私的には、国のリソースを大量投入してきた原子力を全くやめるのはむしろ愚策で、使えるところまで資産・技術・制度を活用していくべきとは思いますが、本論とは外れるのでこれくらいで。

 

ハーシュマン・ハーフィンダール指数

話をエネルギー安全保障に戻します。

定量的な指標として、「報告書」の第四章 エネルギーリスク評価指標(セキュリティインデックス)で、ハーシュマン・ハーフィンダール指数(HHI)が利用されています。

HHIは、ある産業における企業の競争状態を表すもので、独占状態に近いほど数値が1に近づき、競争状態ほど0となります。

ハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス - Wikipedia

従来は公正取引員会が企業の合併の是非を判断するために用いる指標とのことです。

 

今回は”ある産業”→ある国、企業→エネルギー、競争状態→分散状態が高い(リスクが分散している)と考えたようです。

式で表すと下記の通りです。

 

HHI=Σ{調達率**2 * リスク係数**2} 

 

例えば、中東から8割、ロシアから1割、その他が1割を輸入している石油のリスクについて考えると、単純なHHI=0.8**2+0.1**2+0.1**2=0.66となるが、調達先のリスク係数を設定して重み付けをすると、HHI=0.8**2(2**2)+0.1**2(1**2)+0.1**2(1**2)=2.58となります。

これを天然ガス、石炭についても行い、一次エネルギー供給率に応じてさらに重み付けをしたものを、ある国の「セキュリティ・インデックス」と呼んでいます。(原子力再生可能エネルギーはほぼ国産エネルギーなのでリスクを考えなていない模様。。)

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簡単にいうと、安定した地域群から分散的に、多様なエネルギー源を調達していれば、国のセキュリティ・インデックスの値は小さくなります。

 

福島第一原子力発電所事故の前後で比較すると

以上の結果を主要国で行った結果が、冒頭のグラフです。

事故以前から日本は最低水準で、事故後の化石燃料依存でさらに数値が増大していることがわかりますし、日本と同じような数値の国は韓国くらいで、僕の認識とも齟齬がないです。

 

息切れしたのでこの辺で止めますが、セキュリティ・インデックスはその算出方法からもわかるように、安全(原子力の安全性とか)を考えたものではありません。

このインデックスを使おうとする場合には、その点両陣営ともに注意が必要です。